美術館・ギャラリー

友人の個展



友人が開催した個展に行ってきました。銀座一丁目、昭和通りの一本内側。画廊が二手に分かれていて、タブローの方と版画の友人の二人の個展が開かれていました。

大学に入って間もない頃、彼女のデッサンを見て力強く的確な表現にびっくりした記憶が。小さなアトリエでのんびり勉強していた私に最初の風穴を開けてくれた友人。

震災以降、廃炉をテーマにし作品を制作しています。その表現が直接的でなく、柔らかくなってきたところに彼女のより揺るがない強さを感じました。

一方で、淡いパステルカラーの作品が生まれてきた様子。植物の断面のような、不思議な螺旋。

柔らかな色合いは作家にも、見る者にもいいバランスを与えてくれます。

小さな虫達も登場して、息抜きになっていました。私が伺ったのが最終日前日なのでもう会期は終了しています。興味を持った皆様、次回はもっと早くお知らせしますね。

めぐりて たゆとう




以前、京橋のレトロなビルに入っていた あらかわ画廊が銀座に移転しました。なんと大好きな奥野ビルの斜め向かいのビルの三階です。これはこの周辺を歩く楽しみが増えたとほくそ笑む私。次回の展示のハガキが届き、その美しい写真を眺め、開催時期を確認。コンサートが無事終演したら観に行こうと密かに励みにしていました。

八重洲に用があったので、そのまま銀座へ。路面の画廊ではないのでビルを注意してみていたら二軒目にありました。ドキドキしながらガラスの扉を開けたら静かな水底のような気が溢れていました。


小原京美さんとおっしゃる作家さんとお話ししたら、古い着物の裏地に描いていると教えてくれました。画材として棉、麻、紙に比べて絹は動物性の素材なので耐久性が悪いそうです。しかも古い着物なのでさらに短くなるとのこと。その儚さゆえにこの画材との出会いを喜んでいるような雰囲気が。まだこの画材と出会って10年しかたっていないと軽く話しています。
私の友人達も自分の制作に合う素材探しに何年も費やし、出会ったら一筋に何十年も追求。本当に作家達の根気と執着心には頭が下がります。


小原さんは元々は油絵を専攻していたそうです。思考錯誤をし、絹に出会った頃は二枚重ねにして膠で膜を貼り、面相筆で描いていたそうです。日本画の王道。ある日、地塗りを辞めて絵の具が滲んで行く様に魅せられたとのこと。以前の作品も一点見せてくれました。暈しのない線描でした。新しい手法を得て、自分の中のテーマも確立されてきたのでしょうか?
ゆらめく たゆとう というタイトル。たゆとうとはゆらゆらとして定まらない様だそうです。気持ちのいいゆらぎがこのシンプルな白い部屋に馴染んでいました。






これは着物の袖の部分。対の作品がハガキのモチーフ。
あらかわ画廊
銀座1-10-19 銀座一ビル3階
29日まで開催しています。

長沢節



二カ月ぶりに会津の芳賀さんと散歩を楽しみました。芳賀さんが日曜美術館で見た長沢節展を見ようと提案。長沢節といえば、子供の頃からファッション雑誌に必ず彼のお洒落なイラストが掲載されているのを楽しみに見ていました。細いモデルが大好きで、踝がクッキリ見えるところに彼の美学がありました。
以外なことに反骨精神旺盛な会津出身だそうです。会場は根津の弥生美術学校。一度訪ねたかった美術館なので一も二もなく賛成。根津から言問通りを東大に向かって歩き、三叉路を左に。

明治、大正にかけて、本郷界隈に菊富士ホテルという絵描きや文士が長逗留していた有名な下宿屋のようなホテルがあったそうです。この弥生美術館の塔はその菊富士ホテルを模しているそうです。小説を読むと昔の人達はよく歩いてますね。この界隈も文士達の散歩道だったのでしょうね。そういえば、昔友人が本郷荘という木造三階建ての下宿屋に部屋を借りていたことがありました。趣のあるあの建物はまだあるのでしょうか?このあたりを歩いているとタイムスリップしそうです。

ここが美術館の入り口。横にカフェがあります。

節さんの看板。

戦後の日本をお洒落に彩ってくれた沢山のイラスト。創立した学校、節モードセミナーの内部の写真。愛用していたバッグや靴なども展示してあり、一貫した彼の美意識を感じられます。芳賀さんの同級生が節さんの生家を守っているそうです。日本人離れした粋な感性はパリジャンのよう。戦後の日本人が憧れたパリの空気が漂います。時代に求められた一人ですね。

弥生式土器も発見され、水戸藩の御屋敷もあったそうです。

動きのある綺麗なイラスト。

本人と同じ172センチ。50キロ。が理想のモデルだったそうです。

墨で一気に描きます。

板倉鼎-須美子展



目黒美術館で開催されている板倉鼎-須美子展に行って来ました。先日他の美術館でこのポスターを見かけ検索したらますます見たくなって急いでやって来ました。
板倉鼎は1901年に医者の家に生まれ、東京美術学校(今の芸大) で学び卒業した翌年に須美子と結婚してアメリカ経由でパリに留学します。ロシア文学者昇ショムの長女として生まれた須美子は文化学院で山田耕作に音楽を学んでいたが、17歳で学校を中退し鼎と結婚、パリに向かいます。
二人の結婚式の媒酌人は与謝野寛、晶子夫妻だそうです。大戦と大戦の狭間、パリが憧れの地で、多くの文化人が彼の地で切磋琢磨していた時代。経済的にも文化的にも可能な環境にいた、若く美しく才能にも恵まれた二人。前途洋々、輝く光しか見えない。
1926年7月31日、午後4時のパリ。列車から降りたった若く美しい二人の日本人。画家-板倉鼎と妻-須美子。
永遠に若い二人の閃光のような物語

ポスターになった鼎の作品、(赤衣の女) 1929年。この年に二人は生まれたばかりの次女ニ三 ふみ を失くします。そればかりか、鼎自身がこの年の9月に敗血病で急死。

鼎の作品。(黒椅子による女) 1928年。
四年弱のパリ滞在。それは二人の結婚の歴史でもあり、鼎にとっては温厚な写実から、モダンで華やかな構成的な画風に変わっていき、ますます伸びやかに才能開花させていく道程でした。
音楽を学んでいた須美子は鼎の手ほどきで絵を描き始め、何物にも囚われない伸びやかさと、ナイーブな感性で筆をとり、鼎と共にサロン-ドートンヌに入選を果たしていました。


鼎の作品。(金魚) 1928年。

須美子の作品。(午後 ベル-ホノルル12) 1927〜28頃。
パリに行く前に立ち寄ったハワイでは、二人は四カ月ほど滞在し、地元の人達に暖かく迎えられ楽しい日々を過ごしたそうです。鼎は有志の後援で個展も開催したそうです。美しいホノルルという意味のこのシリーズは須美子の表現意欲を掻き立てたようです。

須美子の作品。(ベル-ホノルル 20)
夫と次女を相次いで失くした須美子は友人達の援助で幼い長女一 かず を連れて帰国。ところが翌年にはそのかず も病気で失います。
その後、再出発を期して有島生馬に改めて指導を受けて絵画への情熱を持ち続けましたが、結核を発症し、25歳で亡くなりました。
光が輝いているほど、その影が暗い。30年にも満たない二人の人生ですが、今なお褪せることがなく、永遠に若い二人の閃光のような物語は生き続けていきますね。

原美術館



以前から行きたかった原美術館に行って来ました。コンテンポラリーな作品の展示で著名な同館。友人と私、二人の見たい展示が一致したので、早速出かけてまったりした時間を過ごしました。エリザベス・ペイトン、世界中で注目されている作品の大規模な展示は日本では初めてだそうです。

アプローチに既に作品が。

昔、この辺りは御屋敷町だったろうなという名残を残している町。庭が素敵です。

館内は撮影禁止ですが、レストランから出て庭の撮影は大丈夫。






エリザベス・ペイトンは自分の憧れる人々や周りにいる親しい人々、動物、花などを独特なタッチで描いています。上手すぎず、描き過ぎないところで筆を置いている絶妙なタイミングが印象的でした。



美術館自体が私邸を改築しています。それも素敵なカーブを描いていて、舞踏室や円形出窓、中二階、意味不明な階段などがあって隅々まで探索したくなります。
この不思議なタイル張りの部屋も作家に依頼して出来た中を歩ける作品です。思わず踊りたくなります。

ハルシャ展



森美術館で開催中のハルシャ展。インド、マイソール出身のアーティストの1995年から現在に至る代表作を集めた大規模な展示。チャーミングな旅と題された展覧会の案内はハヌマーンのお仲間。


ここに来て演説をして と題された四枚組の作品。繰り返し描かれている様々な人々。ごく普通のどこでもあるプラスチック製の椅子。色々な人々が登場しているので探す楽しさが。


音声ガイドが象がいますが🐘何処にいるでしょ?と言うので探したらガネーシャ神がちょこんと座っていました。

思いがけない所にもいました。


空を見つめる人々

天井に鏡が貼られているので床に展示された作品の上に立つと自分も作品の一部に。


小学生達と行ったワークショップ。イキイキしたシャツ。


インドの仕立て屋さん。足踏みミシンを使いこなしてます。

ミシンの上に国連加盟国193国の旗が。


空を指差す猿達は、何を言いたいのだろうか?




寝る人も作品の中にたくさん登場します。連続して描かれるとメッセージ性がより強くなってきます。


ふたたび生まれ、ふたたび死ぬ と題された全長24メートルの作品。宇宙空間が描かれていてミクロからマクロの旅の集大成。

美術館を出た後の下りエレベーターの近くの壁に描かれた市井の人々。ハルシャが影響を受けた若冲の名前があります。
期待していなかったインドのモダンアート。こんなに楽しい旅ができるとは思わなかった。






草間彌生



今日は26日に出演する小林さんと渡辺さんが二人でレッスンに。会場を想定してリハーサルが出来ました。色々打ち合わせも出来ました。なんと渡辺さんは帰りがけに会場の下見もして来たそうです。今夜は衣装にアイロンもかけて準備万端整えましょう。
こんなレアな企画はなかなか実現できません。当日は思いっきり楽しみたいなと思います。
夕方、会津の友人と東京駅で待ち合わせ。友人は栗橋の先生に書を見てもらってから新国立美術館で草間彌生を楽しんで来ました。五年前に埼玉からスタートしたこの楽しい展覧会は、創作意欲旺盛な作家のおかげでアメーバのように増殖を続けているのではと妄想が膨らんでいます。


今日が初日だけれど、平日だしスムーズに展覧会は楽しめたそうです。ところが、関連グッズを買おうと並んだら長蛇の列で1時間以上待たされたそうです。余裕で間に合うと思っていたらまさかの展開。大幅遅刻のお詫びに頂いた紅茶は、乾燥かぼちゃ🎃のフレーバーティー。缶フェチの心くすぐるかぼちゃプリント。
展覧会、早く行きたいな。

ラスコーの壁画



小学生の時、外国に行くとしたらどこに行きたいと聞かれてハワイと答えた私。クラスメイトのまりちゃんがいつかラスコーに行きたいと言うのを聞いてなんてロマンチックな人なんだろうと子供心に感心したのをおぼえています。そのラスコー展が科学博物館で開催。これは行かなくてはと思いながら、ズルズルと。終了まじかになって慌てて行ってきました。科学博物館を訪ねること自体がひょっとして小学校以来かも。
洞窟壁画の最高傑作と言われているこの壁画は今から二万年前にクロマニヨン人に依って描かれました。
ラスコーの洞穴は発見されてからたくさんの人が訪れたために人間の排出する二酸化炭素でバクテリアやかびが生じたために完全封鎖されて、近くに全く同寸の洞窟を作り、観光客を呼び寄せているそうです。今回のこの展覧会も壁画はもちろんレプリカです。今までここが最古と思われていたけれど近くに3万年前の洞窟壁画が発見されました。その記録映画をみたことがあります。絵自体はもちろんラスコーの方が写実性に富んでいますが、人間のコツコツと描き続け伝えようとする能力にどちらも圧倒されます。


お出迎えしてくれたのは壁画を描いたクロマニヨン人。皆さん 美形。

クロマニヨンは今と同じ形の縫針を使っておしゃれな服やビーズの帽子を楽しんでいたようです。



芸大が協力して制作した洞窟模型。同寸で描かれた壁画は暗闇の中でミステリアス。


平日の午前中にもかかわらずとても混んでいます。皆、洞窟好き?





上の壁画の説明。人間のような姿も。何?とり人間。

オイルランプを灯して鉱物などで作った顔料で描かれた沢山の動物たち。天井あたりにも描かれており、皆で協力して気の遠くなるような作業を行ったのでしょう。連綿と続くこの描くと言う行為は喜びであり、祈りだったのだなと思えます。



動物たちの姿はどれも躍動的。

これは槍の取手。こんなところもおしゃれ。

クロマニヨン人の観察 力、 描写力に脱帽。面白い展覧会だけれど、もう少し壁画が見たい。どうしても科学という枠でとらえるので学術的な展示が多くなるのでしょう。美術的な壁画中心の展覧会を期待していたので少し肩透かしな気分。 まりちゃんはこの展覧会見にきたかしら?

クラーナハ



閉館ギリギリのある日、誘われて国立西洋美術館にクラーナハを見に行きました。

今日は8時まで開いているので夕方からもたくさんの人が…。

ここはひょっとして我が家から一番近い世界遺産。でも、全部が世界遺産ではなくてコルビジェが設計した古い部分だけ。新しく増設された部分は違います。

ホロフェルネスの首を持つユディト。 この展覧会に間に合うよう三年かけて修復されたそうです。この時代の絵は木の板に描かれているので微調整された副え木で裏打ちされ、当時の輝きを取り戻した作品をまじかで見ることができました。国を守るため敵将軍と夜を共に過ごし酔わせて寝首をかいた美女。不思議なまなざし。

聖女カタリナの殉教。 黒雲と天からの雷鳴、カタリナを取り押さえる宇宙服を着たような兵士。ひっくり返った馬車。カタリナの運命は?


ディアナとアクタイオン 一枚の絵にドラマが全部描かれて今津。右上に狩をしているアクタイオン一行。ディアナとニンフ達が沐浴しているのを盗み見たために鹿に帰られ、自分の犬達に噛み殺されるという残酷なお話。

面白い部屋がありました。壁いっぱいに 正義の寓意 (ユスティティア) というタイトルの女性の絵の模写が90枚。中国の模写をする画工の村にイラン人のアーティストが訪れ百人に6時間で写真を見ながら模写させるというインスタレーションを行なってその中の90枚を展示。皆そっくりに描こうとしているのに皆違って個性的。選ばれなかった10枚の存在が気になる。上手すぎて売れちゃった?

ク ラーナハという画家に特に興味はなかったけれど誘われるものは見るべき。面白い展示でした。500年前のドイツで大きな工房を開いて大成功した画家。 宗教改革を起こしたマルティン・ルターと親交があって彼の改革を応援。本やチラシを手がけたそうです。今で言う広告代理店。
クラーナハの描く女性その頃描かれていた豊満な女性とは違う平坦な胸のちょっと変わったプロポーション。そしてどこを見ているのかわからない謎めいた眼差しと表情。岸田劉生の麗子を連想させます。実際、岸田劉生はクラーナハの絵に刺激を受けていたと展示されていたその頃の美術雑誌に載っていました。なるほどねー。

遠藤茂子あらい画廊




京橋の古いビル地下二階にあるあらい画廊。むき出しの白い壁は無造作なのに冷たい印象を与えない。なんだかホッとする柔らかな空間です。この画廊で開催された友人の個展に行ってきました。サムホールの小さな作品から大作まで。蜜蝋と和紙を重ねたデリケートなマチュエール。

重厚な作品から

軽快な作品まで



若い頃はどんなに大胆な発想を持っても怖くなかった。最近は自問するという。こんなのでいいのだろうか? と。その気持ちよくわかる。物の道理なんて少しわかってくると自分を束縛しかけない。それでも新しい発想を産み出す苦しみから逃れるわけにはいかないのがアーティストたる所以。

でもきっと新しく人生を選択できることがあっても彼女は産み出す苦しみのある人生を選ぶでしょうね。

2017年11月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30    

最近のトラックバック

無料ブログはココログ

プシュパム・メンバーのブログ ↓