映画・テレビ

ショコラ 君がいて僕がいた



封切られてすぐに観た友人から、とてもよかったからぜひ観るようにと、おすすめの手紙を頂いた映画。友人はこの時世に何か伝えたい時にすぐハガキや手紙をくれます。そうすると受けた私もすぐに観たくなる。うっかりしていると見逃してしまうので、ちゃんとチェックして観てきました。

19世紀から20世紀初頭のパリで活躍した実在の白人と黒人の道化師コンビ。まだ人種差別が激しく、植民地博覧会なるものが堂々と開催されていた時代。そんな時代に人気者になった二人の栄光と苦悩と挫折。
かって一世を風靡したにもかかわらず現在落ち目のフティットはあるサーカスで野蛮人役の黒人に出会いコンビを組もうと誘い二人でパリに出て行く。
白塗りしたフティットはツッコミで黒人ショコラをからかったり殴ったり。ボケ役のショコラは殴られながらもうまくタイミングを外したりして、その間の良さでたちまちコンビは人気者になる。二人の身体能力、特にフティットのそれは素晴らしい。このフティットを演じているのが実はあのチャップリンの孫だそうです。両親が経営しているサーカスで育ち四歳でデヴュー。パフォーマーとしてヨーロッパで活躍しているジェームス・ティエレ。さすがの動きはおじいちゃまのDNA。
性格の違うふたり。禁欲的で芸にこだわるフティット。人気者になってサーカス時代の恋人を忘れ酒やギャンブル、女に浸るショコラ。そこにはなぜ自分が殴られ役なのか、自分が殴られのを楽しむ人種差別的なものを常に感じている苦悩があるからだろう。そして証明書がないことを密告されて刑務所に召喚され拷問を受ける。そこで出会ったインテリハイチ人。彼に芸術は風穴を開けることだ。黒人のお前だからこそオセロを演じろと鼓舞される。ショコラをよく理解してくれる美しい看護師は医者の夫に先立たれ息子と暮らしている。彼女の勤めている小児病院に慰問に出かけ、そこで知り合った劇場主。彼らの応援でオセロに挑戦するショコラ。アクロバティックな動きや軽妙なコントは得意だが、シェークスピアの台詞回しに苦労してくじけそうになる彼を励ます二人。ついに初日を迎えたオセロ。素晴らしい舞台だったにもかかわらず、黒人が芝居をやるなとブーイングの嵐。傷ついた彼に追い打ちをかけるようにギャンブルの借金の追い立て屋に襲われ身も心もボロボロ。結局その後コンビは解消。数年後に亡くなってしまいます。
実際のコンビも10年で解散、ショコラは1917年に亡くなったそうです。この映画の最後に映画を発明したリュミエール兄弟が撮影した実際のコンビの映像が流れます。コミカルでオーラに溢れた絶頂期の二人のなんとも軽妙な動き。ヨーロッパでのコメディアンは日本の狂言師のようなポジションではないかしら? 深い厚みを感じます。


フランス人が見たインド



先日、姉と一緒に見に行ったルルーシュの新作。初めて訪れたインドに魅了されて撮った映画だそうです。名作『男と女』をリアルタイムに見た私達。この映画の男女はどんな恋愛を展開するのだろうか?

有名な音楽家のアントワーヌとフランス大使夫人のアンナ。ボリウッド映画の音楽を担当するアントワーヌをゲストに開かれた晩餐会で出会った二人。人生を楽しみ、恋を楽しみ、飄々と生きてきたアントワーヌ。神秘なる世界に憧れるアンナ。二人の会話が楽しい音楽のように流れる。
アンナが妊娠を願い聖地巡礼の旅に出るという話を冷やかすように聞いていたアントワーヌだが、頭痛が激しく病院で脳に腫瘍があるかもしれないので精密検査をするように言われと…。
アンナの後を追いかけ、一緒に巡礼の旅に出てしまう。
主人公二人はまるで自由気まま。周りの人たちを振り回しているように思えるが、ここにルルーシュの隠し味。
フランス人て面白い。アンナに翻弄される大使も、アントワーヌにヤキモキする結婚願望の強いピアニストの恋人も、根はやっぱりマイペース。実はアントワーヌの母は昔女優で映画で共演した役者と一夜を共にして生まれたのが彼。小さな頃に父親のことを尋ねると母はろくでなしだから会う必要ないと教えてくれなかった。その母が死ぬ前に教えてくれた父。その父はやはり今でもろくでなし。だけど飄々としていてなんだか可愛い。周りの皆にたかって暮らしている父親に初めて会いに行くシーンが何とも言えずにいい。母親の若い頃の写真を見せると、懐かしそうに名前を呼び1977年の映画で出会って恋をしたという父。それを嬉しそうに聞くアントワーヌ。父を引き取り一緒に暮らしているとさりげないシーンで暗示。彼の本来の優しさがかいま見られる。
映画の中で二人はガンジス川の上流の聖地からアンマに会いにケーララまで旅をして心を通わせていく。アンマにハグされ心が解放された二人。一夜を共に過ごします。同じ頃、デリーのフランス大使館では連絡のつかない二人にヤキモチする大使と、彼を追ってインドに来たピアニスト。
翌日帰ってきた二人を空港へ迎えに行ったもう二人。眠れぬ夜を過ごした四人の男女が出した結論は。皆別れてそれぞれの道を。
それから数年。ニューヨークの映画の仕事を終えてパリに帰って来たアントワーヌ。父親が車で迎えに来ています。ここも父親が微笑ましい。ふとアントワーヌ、アントワーヌと呼ぶ声が。そこでアントワーヌが見たのは?
さりげない、たくさんのシーンが暗喩するものが最後の10分で展開されて気持ち良いエンディングを迎えます。
最初は鼻持ちならないと感じる二人が最後はとってもチャーミング。
脇を固める大使、ピアニスト、アントワーヌの父親、それぞれ味わい深い。インド人俳優は皆濃い顔なのに主人公の気ままさの陰に隠れて羊のよう。インドが舞台だけどやはりフランス映画ですね。
姉はインドが舞台になっている映画を見ている時に、ごちゃごちゃした市場が出てくると必ずこの質問をします。『今でもこんな感じ?』

ラスト・タンゴ



先日見た映画ラスト・タンゴ。アルゼンチンタンゴの伝説のペア、マリア・ニエベスとファン・カルロス・コペス。二人の出会いからペアを組んでデヴュー。華麗なショーを各地で開催し世界中を席巻。男の裏切り、別れ。許し合い。二人の情熱的な生き様をロード・ムービーの天才監督ヴィム・ヴェンダースが製作総指揮をとったドキュメンタリー映画。
若いダンサー達が演じる若かりし頃の二人の様子も素敵。ヴェンダース監督の演出が冴えています。ドラマとドキュメンタリーで彼らのダンスに捧げた思い。時代の熱狂が伝わってきます。ダンスシーンが圧巻。アルゼンチンタンゴの魅力にあふれ、こんな濃厚なダンス、ペアで踊れば 相手に特別な気持ちが湧くでしょう。愛情が冷めたら、一緒に踊るのは難しい。ファンは他の女性との間にもうけた娘と踊っています。その娘はマリアには敵わないと言っています。これは私が見ても一目瞭然でした。ファンは最高のダンスパートナーを失ったわけ。だからこそのドラマティックな人生か。
現在80歳のマリアも83歳のファンも華麗なステップを見せてくれます。いつか踊れなくなる日が来たら淋しいだろう。マリアが語る言葉が心に染みる。マリアは写真よりも映像で見る方がチャーミング。素晴らしい脚をしています。👠

女神は二度微笑む…

去年のエアインディアの機内で見た映画。面白くて引き込まれていたのに途中でデリーに到着。タイトルを見なかったのでなんという映画か判明しなかったのがなんと、年明けになって渋谷のユーロスペースで上映されたのでした。情報を知った時には終映されていて臍を噛みました。この映画を見た人に聞くと、皆衝撃のラストだと口を揃えていいます。頭の中は妄想で一杯。見たいよー。
先日、友人から柏のキネマ旬報シアターで上映されるという情報を得ました。

柏ってどうやていくのだろう? インドよりも遠い感じがする。でもこの機会を逃したらしばらく見ることができないかも~。という訳でやってきました。蕨からだと武蔵野線で新松戸へでて常磐線に乗り換えるといいらしい。  武蔵野線の中でしっかり爆睡。新松戸へ行く途中はのどかな景色が展開されていました。常磐線の乗り換えも簡単。  ここで初めてこの線が千代田線に乗り入れている線だと気がつきました。視点を変えると新鮮。柏の駅は大きかった。西口の駅を出るとローカルな雰囲気でなかなかいい感じ。キネ旬シアターは駅のすぐそば。


チケットを購入。奥にカフェが併設されているのでコーヒーを飲みながら久しぶりにワクワクしながら上映待ち。
映画は冒頭からグイグイ引き込まれていきます。1980年に私が最初に降り立ったインドはカルカッタ。今のコルカタです。この映画はコルカタが舞台。  懐かしい風景や、すっかり近代的になった街並、変わらない人々の暮らしぶりが出てきて思わず顔がほころびそう。ロンドンからコルカタに仕事できて行方不明になった夫。身重の妻が行方不明の夫を探して歩くが、勤務先にも宿泊先にも夫の痕跡が一切なく夫の存在すら証明できない。ヒチコックの「見知らぬ乗客」のような不気味な雰囲気。

そんな窮地に立たされた美しい人妻。そして彼女を助ける若い警察官。ドゥルガー女神の祝祭を控えた活気ある街。怖〜い殺し屋。可愛いボーイ君。思いがけないどんでん返し。語りたいけれど語るわけにいかない・・・。初めて見たインドのサスペンスはとっても上質。タイトルのKAHAANI は物語という意味。なるほどねと最後にわかります。インド人のおじさん達のジョークで笑っていたのは私だけでした。このユーモアのセンスの主はと思ったら、やはり字幕は松岡さんでした。

セヴァスチャン・サルガド

Photo写真の好きな友人からもらったこのチラシ。まさに神様が降臨してくる様な美しい風景に目が釘付けになりました。この写真家の名前はセヴァスチャン・サルガド。ブラジル出身の71歳。やはり彼の写真のファンであるヴィム・ヴェンダース監督とセヴァスチャンの息子のジュリアーノが共同で監督を行った映画「セヴァスチャン・サルガド 地球へのラブレター」を見てきました。最近の渋谷はごちゃごちゃしていてなるべく行きたくないけれど文化村があるので仕方ない。私としてはイメージフォーラムがある宮益坂のほうが歩いていても気持ちがいい。

ミリオンダラーホテルやブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ、ピナ・バウシュなどの素敵な映画を撮っているヴェンダース監督がどういう映画を見せてくれるのだろうかという期待にワクワクしながら見てきました。

Photo_2映画の冒頭に出てきたのはブラジルの金の鉱山で働く男達を撮った信じられないような写真でした。写真家が語っているようにその写真はバベルの塔やピラミッドの建設現場のように見えます。すり鉢状の巨大な深い穴にかけられた無数の梯子。蟻のように穴に潜って土を掘り、その土の袋を担いでまた地上へと昇っていく。写真家は言います。まるで奴隷のように見えるが奴隷ではなく、自由意志でここへ来た男達ばかりだと。言い換えれば金の奴隷で、一獲千金をあてたものは二度と戻ってこないと。

最初の写真から心をわしづかみにされました。写真家と監督のエネルギーに圧倒されます。70年代から写真を撮り始めた写真家はルワンダの虐殺の現場や飢饉の土地、フセインによって焼かれた油田、その火を消すために世界中から集まった消防士。難民や移民、死や破壊、腐敗などをテーマに作品を発表し続けてきました。

息子のジュリアーノにとって「危険な場所に出かけて取材する父親はヒーローだった。でも帰宅すると黙り込んでいた」と子供のころを回想します。ルワンダの虐殺を取材した後は社会に絶望していたといいます。その後環境問題へ意識が向かい、乱伐で荒廃したブラジルの一族の土地に植林をして広大な森を復活させたそうです。そして取り組み始めたテーマがGENESIS・創世記。ガラパゴスやアラスカ、サハラ砂漠やブラジル熱帯雨林など生と死が極限に交わる未開の場所をカメラの収めているそうです。私が最初に見たチラシの写真はアラスカで撮られたものだそうです。

父親不在で育ち、いつの間にか父との間に確執が生じてきた息子。そんなある日、父が撮影に誘ったそうです。2009年から取材に同行したジュリアーノは父が被写体に迫るときの距離感に驚いたといいます。セイウチやシロクマの取材でも転がるように近くに寝そべって被写体に迫っていくそうです。まるでセイウチやシロクマが笑っているようにしか見えない写真。パプアニューギニアやアマゾンの奥地の原住民たちとも同じ目線で物を見て、すぐに打ち解けるそうです。被写体の顔が皆イキイキしています。父との撮影旅行を通じて父親を理解できた息子は「父は世界の証人。偉大さがわかり、その沈黙の理由もわかった気がする」と言っています。

小さな映画館ですが見事に満席。映画が終わった後に皆で拍手しました。happy01

パプーシャの黒い瞳

Photo ジプシーの一族は書き文字を持たないそうです。100年ほど前に生まれたこの映画のヒロインは子供のころに文字に興味を覚えユダヤ人の女性に文字を教わります。この映画は初めて読み書きをおぼえ、自分の詩を文字にしたジプシーの女性のお話。

今はジプシーと呼ばずにロマと呼ぶそうです。狭い世界の中では、その中の常識と違うことをやると異端扱いされて住みにくくなります。他の世界へ飛び出して生きていける人はいいけれど、いけない人のほうが断然多い

第二次世界大戦後のポーランド。問題を犯して政府に追われていた詩人がジプシーの一団にかくまわれて一緒に旅をしていきます。その中に読み書きを知っている女性パプーシャがいて、詩人は興味を持ちます。彼女は日常生活のあらゆる場面でごく自然に美しい言葉を発しています。次々とあふれ出る言葉を彼女は詩とは認識していません。詩人は彼女にその美しい風のような言葉を書きとめることを勧めます。彼女の手によって記され紡ぎだされた言葉はまさに詩でした。

特赦が出て自分の町に戻れた詩人は彼女の詩を出版しようと画策。著名な作家の協力を得て詩集が刊行されます。一躍有名になったパプーシャ。最初は仲間達にも称賛されますが、かの詩人がジプシー社会についての本を出版。それが原因でジプシーの秘密しを暴露したと小さな世界の中で波紋を呼び、村八分状態に。

この本に対して500年もの間ベールに包まれていた秘密の世界。何故後20年出版を待てなかったのかと詩人に問うシーンが凄く心に触れました。今のこのネットの社会では私達が思っているより数倍早く変化が訪れると思います。ジプシーの世界だとて、どんどん変化しているのでは。先日新聞で見た記事にも我々は子供たちに将来どんな仕事に就きたいか問えないと書かれていました。その仕事が子供たちが成長した時にあるかどうかわからないと言うのです。

自分の言葉を封じ込め、心を病んだパプーシャ。歴史上はじめてのジプシー女性詩人と讃えられ、彼女の名前を冠したオペラ曲まで上演されたのに、その人生はなんて物悲しいのでしょう。戦前から戦後へかけてのジプシーたちの生活。馬車での移動。ナチスの時代、そしてポーランドの誕生と時代を再現したモノクロの美しい映像が印象的です。

岩波ホールでの上映が終わり新宿角川シネマで午前中だけの上映。平日だったし朝早いし観客はわずか。ちょっと人恋しくなってルミネのBERGでランチ。ここはいつも人が多くて賑やかで楽しくなります。

Photo 賑やかで活気のある店内。五穀野菜カレーと珈琲を楽しみながら、さっきの抒情的な世界を思い起こしていました。

今年初めての映画。

Img2 渋谷に住む姉と待ち合わせて、今年初めて見に行った映画はこれ。本当はナショナルギャラリーのほうを見たかったけれど上映時間3時間なのでそちらは又別の機会に。トレヴィの泉とタイトルにあるけれど、舞台はアメリカ。シャーリー・マクレーンとクリストファー・プラマーが人生の黄昏時に再び恋をして、自分を輝かせると言うシニア層が好きそうなテーマ。偏屈な男やもめが越してきたアパートの隣の住人は楽しい嘘が次から次と出てくる陽気な未亡人。最悪の出会いをした2人がだんだん惹かれあってお互いをいとおしむようになり、そして別れが。

偏屈な男が生活を楽しんでいる女性の影響で、少しずつ自分の殻を破っていくという筋立ては珍しくないけれど、演じている2人に人生の厚みがあって魅力的。80歳を過ぎて主演を張れるなんて2人とも凄い。シャーリー・マクレーンは昔渋谷に住んでいたって知っている?子供の頃に新聞にシャーリーと娘のサチ(七五三の着物姿)が載っているのを読んだ記憶があります。

ヒロインがあこがれている映画がフェリーニ監督の「甘い生活」。マルチェロ・マストロヤンニとアニタ・エクバーグがトレヴィの泉で戯れるシーンが印象的に何度も出てきます。マルチェロもアニタも凄く美しくて、見そこなっているこの映画を是非見なくてはと思わせます。

姉とは時々一緒に映画に行きますが、一緒に見ていて一番印象的だった映画は「踊るマハラジャ」確か2人とも別のルートから試写会の招待券をもらって銀座にある映画会社の試写室で見ました。上映時間の長さに暗い顔をしていた姉。いざ始まったら荒唐無稽なシーンの連続に狭い試写室の中で一番大きな声でのけぞって笑っていた記憶が・・・。

Img_4048 ルシネマで見たのでそのまま上の階でご飯を食べていました。隣に12人くらいのテーブルがセットされていたのでなんとなく見ていたら三々五々と男女が集まってきます。これがよく噂で聞く合コンか?と姉と二人で私達の時にはなかったなどと話していました。

端のほうの席で女性が二人話しこんでいるので「おいおい。それじゃ駄目でしょう。男女隣り合わせに並ばなきゃ・・・。」なんておせっかいな事を言っていたら最後に遅れてきた女性が「お呼びだてしておいて遅れてすみません」と。あ、これは合コンではないのねと思ってその女性をよく見たら、な、なんと小・中学校時代のクラスメート。和食の教室を開いている紀美子ちゃん。お教室30周年記念のイベントのためにいろいろなジャンルの方に集まっていただいての打ち合わせだったそうです。

20周年記念の時に出版した和食の本も素敵でした。もっと凄いのを出すわよと頼もしい紀美子ちゃん。楽しみにしていますね。

世界一受けたいお稽古

テレビでやっている世界一受けたい授業ではありません。さて「世界一受けたいお稽古」って?

2 演劇界の巨匠ピーター・ブルックと言えばなんと言っても「マハバーラタ」 を思いだします。世界中から選ばれた役者と音楽家が出演したインドの大叙事詩。上演時間も確か8時間くらい。実は私はこの作品を見ていません。80年代後半、バブル真っ最中の日本でペアチケットが4万円から8万円したと思います。私は指をくわえて見に行く友人を見送ったような記憶が・・・。

その前のカルメンの公演ではスチューデント・シート(舞台の上にできた安いシート)に座っていた私の友人が酒場のシーンで登場した役者に抱きかかえられてくるっとまわったというハプニングが強烈な印象で残っています。友達は子どもの頃からアキコカンダにダンスを習っていたのでそれはもう美しいターンを描きました。あまりに自然だったのでハプニングだと気が付いた人のほうが少ない。当時の演劇界のスーパー演出家がピーター・ブルックでした。この「世界一受けたいお稽古」は彼のもとに集まった役者達のワークショップの様子をブルックの息子サイモンが撮ったドキュメンタリーフィルムです。
Img2 この映画は稽古場のカーペットの上に1本のロープを引くところから始まりました。実際にはない想像のロープを役者たちが渡っていく様子がスリリング。演出家は自然をお手本に想像しなさい、集中しなさい、心を分け合いなさいとアドバイス。一見簡単そうだけれど、いろいろなものに束縛されている現代人にはこのシンプルな動きが難しい。

役者達が幾度も試みていくうちに、だんだん自然に帰っていく様子が素晴らしい。参加者の中にモーリス・ベジャールやピナ・バウシュの作品に出演したインドの舞姫シャンタラ・シガリンガッパがいますがさすがの身体能力と感性。インド舞踊ってきちんとやるとやはりすごい能力を開発できるものなんだなと改めて実感。

ブルックの作品に欠かせない俳優・笈田ヨシももちろん参加。味わい深いキャラクターですね。80歳に近いとは思えない瑞々しさを宿しています。子供のような探究心と敬虔な心持が伺えます。ブルックも一見優しいお爺さん風でこんな楽しそうなワークショップには是非参加したいなんて思えてきます。でもきっととてもハードなワークショップだったんでしょうね。Simple is best, simple is hard. ですね。

リスボンに誘われて

Img2_2 リスボンが舞台になっているしっとりした映画を見ました。「リスボンに誘われて」ジェレミー・アイアンズ演じる主人公ライムントは妻と離婚してから可もなく不可もない地味な生活を送っている高校教師。実力ある教師だけれど退屈と思われている。

通勤の途中偶然身投げをしようとする女性を助けたことから思いがけない新しい自分を見つけていきます。彼女の残した赤いコートのポケットに入っていた一冊の本とそこに挟まっていたリスボン行きの切符。彼女を探して駅に行くが女性は現れず思わず発車した汽車に飛び乗ってしまいます。

そして読み始めた一冊の本に誘われてリスボンの町を失われた過去を求めて歩き回ることに・・・。導入からミステリアスで引き込まれていきます。主人公始めキャストがそれぞれ魅力的で、リスボンの美しい街並みがより旅情を誘います。シャーロット・ランプリング、ブルーノ・ガンツ、ジャック・ヒューストン、マルティナ・ゲデック、メラニー・ロラン、クリストファー・リー等々豪華ないいキャスティングでした。

100冊しか出版されなかったこの本の作者を求めていろいろな人を訪ね歩く主人公。1974年のポルトガルの革命の日に亡くなったもう一人の主人公、この本の作者アマデウ。彼と彼を取り巻く人びとの友情、愛情、裏切りが少しずつライムントによって明かされていきます。アマデウの死後、ばらばらになり風化したようなそれぞれの人々も突然現れたライムントにより目をそむけていた過去に向き合うことで固まっていた心がほどけていきます。

そして40年前のポルトガルの革命を支持した若者たちの情熱に主人公ライムントも今までの人生になかった選択ができるようになっていきます。人生は思い経ったときから又鮮やかな色がよみがえるんだと言う暖かい気持ちのラストシーンがよかった。学生運動盛んなころに青春を過ごした元若者には懐かしい記憶がよみがえる映画では?


Img_00012 リスボンの街並が魅力的。洗濯ものが干してあったり、庶民的なバルや屋台の果物屋、主人公の泊る小さなホテル。細い路地裏もすり抜けていく路面電車。街を見渡せる展望台等々。主人公と一緒に歩きまわる楽しさもあります。

イーダを見て・・・。

先日渋谷へ行く用事があったので、久しぶりにイメージフォーラムで映画を見てきました。ポーランドの映画。1962年、ある修道院で育った孤児の少女イーダ。修道女になる儀式を控えた直前に叔母がいることを知らされる。叔母に会っていらっしゃいと言われて尋ねるが・・・。

そこで自分がユダヤ人だったと知らされる。両親は若くして亡くなったという。ミステリアスな叔母とともに両親が戦時中住んでいた街を訪ねる旅にでることに。

冒頭に雪の修道院でのイーダの様子が描かれているけれど、モノクロの画面でよりリリカルな風情が漂っています。両親と幼いイーダが住んでいた田舎の古い家を探し、そこで起こった悲劇の様子。だんだんと暴かれていく叔母の秘密。最小限にそぎ落とされた台詞。エキセントリックな叔母と反対に感情を出さない少女の表情。コルトレーンのジャズが流れているホテルのレストラン。

目の前に提示された出来事が、何だったのか判断する間もなく次のシーンになり、最後に一つに集約されていきます。衝撃的だけど、なんて静かな映画なんでしょう。グッときました。

http://mermaidfilms.co.jp/ida/

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