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2015年3月

初夏の風

Photo この2~3日の暖かさで桜は満開。今日の風はまるで初夏を思わせます。つい先日まで窓を閉じて練習していたのがうそのような陽気。風にサリーが揺らめく風情が大好き。練習にも熱が入ります。


Photo_2 明日から4月。学校や職場には初々しい新人たちが希望で頬を膨らませて集うのでしょうね。皆頑張れ。

水が伝える力

先日のシンギングボウルとのジョイント。note 気持のいい音色にうっとりと聞き惚れました。後日レッスンに来た生徒と話していてあの気持のいい音色の意味が判明。あの日コンサート終了後、私が他のお客様達と話している間に、他の人達は演奏者を取り囲んでその謎に迫っていました。どうやらシンギングボウルの出す波動のようです。こずえさんがボウルの中に水を入れて鳴らすと・・・。あら不思議。波紋を描いた水が泡立ったそうです。シンギングボウルの奏でる波動が水を活性化させるそうです

人間の身体はほとんど水分でできているので、体内の水分が喜んで活性化するらしい。そういえばボディトリートメントしてもらった方が皆、嬉しそうな顔になっていました。ただ寝っ転がって身体の上でシンギングボウルを鳴らしてもらったり、頭にかぶっただけなんですけれどね。あれは体中の水分が元気になって歌っていたんですね。happy01

この水でもう一つ素敵な話が。3月11日に般若心経写経を泰山の木の葉の舟にのせて海に流すという慰霊を行った成田さんからの報告です。唐招提寺の石田長老始め多数の僧侶方が出向いてくださった慰霊祭。1500枚の写経を乗せた木の舟が漂いながら沖のほうへ流れていく様子を語ってくれる成田さんの声は美しい音楽のように響きました。

そのあと、石田長老から仮設住宅に住んでいる方達に唐招提寺の御念珠が手渡されたそうですが、そのいわれを聞いてびっくり。2000年から行われている唐招提寺金堂の解体修理の大工事。調査ではこの金堂に使われている木は781年に伐採された樹齢100年のヒノキだそうです。今回の工事で出たこのヒノキでこの御念珠は作られたそうです。

多くの研究からどうやら木に含まれている水分に記憶する力が備わっているそうです。奈良時代から今日まで鑑真和上のことも、唐招提寺で捧げられた祈りのことも、木の記憶の中にあるかもしれませんね。この大事な木を丁寧に加工して作られた御念珠。きっとこの御念珠を手にしていると気持ちが落ち着き、今生かされていることを感じられるのではないでしょうか。素敵な話を伺い、気持のいい音色で癒された春の午後でした。notes

久しぶり

Photo 料理とヨガと瞑想を探求しながらインドを回っていたMさんが先日帰国。早々に各地でワークショップを精力的に行っています。4月からは京都嵐山の穀物菜食カフェでカレーを提供すべく出発するので御挨拶とお稽古に来てくれました。今日はプライベートで来ているYさんと一緒。何事にもアクティブな二人。いい汗をかきました。


Photo_2 お稽古の後は恒例のお茶タイム。チェンナイでシャニムカ先生と一緒にパフォーマンスに参加したOさんの写真を見ながら大盛り上がり。


Photo_3 話はあちこち飛んで付きません。今日はこれから那須へ戻って来週は郡山でワークショップ。そのあと京都行きです。京都と関東の距離もMさんがいると近く感じます。今度のカフェは2階に多目的に使えるスペースがあるとのこと。皆で楽しいワークショップをやりたいですね。Mさんは自分の前に進むべく道が開けてくれるタイプの人のようです。それはしっかりやっているから道も示唆してくれるのですね。京都へ行ってますます輝いてください。

春のゆらぎ

Photo_16 穏やかな日曜の午後。これからスタジオでシンギングボウルとインド舞踊のジョイント・コンサート「春のゆらぎ」が始まります。果たしてどのように展開するのか予測が付きません。お客様をお迎えする準備が整ったところで今日のダンサー達の記念撮影。皆ワクワクしていますね。

Photo_23 今日の司会はOちゃん。柔らかな物腰は春にぴったり。


Photo_17
第一部はインド舞踊。私がソロで4曲。マラリ。カリヤニ・ヴァルナム。短いパダムとティラナ。


Photo_18パダムはいたずらなクリシュナにやきもきするゴピーの話。クリシュナったら・・・。意地悪なんだから・・・。

第二部はシンギング・ボウルの演奏。五十嵐先生とお弟子さんのこずえさんによるセッション。大小20からなるシンギングボウルを自在に駆使して素晴らしい音色の世界が広がります。あまりの心地よさに時空を超えそう。note


Photo_19 第三部はインド舞踊とシンギング・ボウルとのセッション。インド舞踊は即興というわけにいかないので予めストーリーを組み立てて置きました。そこにお二人が音色を付けてくださいます。テーマとおおよその時間だけをお知らせしてあります。もちろんお二人ともまったくの即興。1人で練習している時は同じ動きを繰り返しやっていたけれど、音色が加わるとその場で少し違う動きを入れたくなるから不思議。次回機会があったらもっとラフな設計図でいいかも。そのほうがもっと面白くなりそうな気もします。私がやったのは「神々の降臨」。ヒンドゥー教の神様の御姿を次々に登場させました。神々への祈りから始まって・・・。


Photo_20 女神、ガネーシャ神。ムルガン神。ブラフマー神。ヴィシュヌ神。そしてシヴァ神で終わります。どういう風に終わるかも知らせていなかったのにすんなり終息していきました。


Photo_21 プシュパム達は三人で「春を迎えて」。春の息吹を感じた少女達が女神をお迎えする準備にいそしみます。


Photo_22 春の女神は花を咲かせて去っていきます。春を運んで来る音色に乗って・・・。

Photo_24 コンサート終演後。チャイを飲みながら談笑。いつの間にか五十嵐先生の周りにはボディ・トリートメントを受けようと寝そべっている人たちが・・・。先生はとても穏やかでニコニコと寝そべっている皆を癒してくださいます。

Photo_25 那須から手作りケーキを携えてやってきてくれたIさん。チーズケーキとガトーショコラ。皆は餌を待つ小鳥状態。cake 私は久しぶりに会えた友人達に囲まれて楽しいひとときを過ごしていました。happy01


Photo_26 今日はお客様全員との記念撮影をうっかり忘れてしまいました。最後まで残ったスタッフでお疲れ様の記念撮影。




菅原伝授手習鑑 通し狂言

Photo このところ立て続けに通っているような気がする歌舞伎座。会場内隅々まで歩きまわって楽しみも発見中。


Photo_2 三月大歌舞伎は通し狂言「菅原伝授手習鑑」。義経千本桜、仮名手本忠臣蔵と並んで歌舞伎三大名作のひとつと言われています。義経千本桜と仮名手本忠臣蔵は新歌舞伎座になってから通し狂言での上演がおこなわれたそうですが、この「菅原伝授手習鑑」は今回が初めての上演だそうです。友人から朝から夜まで大丈夫と念を押されての観劇。前夜はいつもより早く就寝。あらすじも一通り読んでおきました。

故十三代仁左衛門(現十五代仁左衛門の父君)の当たり役がこの演目の主人公菅原道真(役名は管承相・かんしょうじょう)だったそうです。大宰府に流されて神様として祀られるようになった人物なのでこの役を演じるときは斎戒沐浴をして身を清め演じたそうです。「神品」と称されたというその演技、素晴らしかったのでしょうね。私達もインドの神様のエピソードを語るわけですから公演の前にはこのくらいの覚悟で臨まなければと身が引き締まりました。


Photo_3 平安時代、時の帝、醍醐天皇の右大臣、管承相は天皇に忠実で才学智徳を兼ね備えていました。右大臣の藤原時平は実権を握ろうと暗躍。この話の中で狂言回し的な役をするのが管承相の別荘の管理人である白太夫の息子松王丸、桜丸、梅王丸の三兄弟。三つ子だけれど成長して松王丸は藤原時平に、桜丸は斎世親王に、梅王丸は管承相二とそれぞれ別の主人に仕えています。

序幕の「加茂堤・かもづつみ」は帝の弟の斎世親王と管の養女・刈谷姫の密会の場面です。醍醐天皇の病気平癒祈願の参拝が行われている中、桜丸が女房の八重とともに相思相愛の親王と刈谷姫の逢瀬を手引きしますが、これがとんでもないことに。大事な祈願の最中に親王の姿が見えないので藤原一門が探しに来ます。牛車の中で密会している2人。桜丸が皆を蹴散らしている間になんとかその場を逃れた二人。桜丸は八重に牛車を預けて追手を逃れた2人を探しに行きます。この序幕の最後のシーンは八重がなかなか思うように動かない牛を梅の枝を鞭にして動かしていく健気な姿で閉められます。のどかな風景が一転して何か悪いことが起こりそうなまさに起床転結の起。

第二幕は「筆法伝授・ひっぽうでんじゅ」。管承相の一番弟子だった武部源蔵は腰元の戸浪といい仲になったがために不義密通の罪で勘当されました。(2人とも独身なんだから恋愛を認めてあげればと思うんですけれどね・・・)。武部は浪人の身となって現在は鳴滝村で寺子屋をやっています。その武部が屋敷に呼ばれて管から筆法を伝授されることに。染五郎演じる源蔵が仁左衛門扮する管承相との対面がかなう嬉しさ、そして勘当をといてもらいたいと願う切なさを見事に表現。御簾がするすると上がって管承相の姿が見えるシーンはまさに仁左衛門でなければその神々しさが出ないかも。源蔵の切実さがなるほどと理解できる品のよさ。座っているだけで絵になります。結局「伝授は伝授、勘当は勘当」と言ってこののちの対面は叶わないと突き放されてしまいます。

折から宮中から参内するよう命を受けて装束を改めて出かけようとする管の冠が落ちます。不吉な予感を覚えた管だが源蔵を帰して宮中へ。

所変わって管承相の館の門前。斎世親王を帝位に着け、養女の刈谷姫を妃に立てようとしているという嫌疑が掛けられた管が役人たちに引き立てられてやってきます。これは管を追い落とそうとする藤原時平の讒言によるもの。このため管は大宰府に流されることに。館の中に管が入ると門は青竹で閉ざされます。そこへやってきた源蔵は勘当の身の上の自分には主人はいないと言って役人たちを投げ飛ばし、管の舎人の梅王丸に管の息子管秀才を預かると申し出ます。梅王丸の見送る中、若君を無事連れ出した源蔵は戸浪とともにその場を落ちていきます。二階の花道寄りの桟敷なので上から役者がよく見えます。なるほど・・・役者は背中でも演技する。


Photo_4 30分の休憩の後に「道明寺・どうみょうじ」が幕開け。大宰府に流される前に叔母の覚寿の館に逗留している管。実は刈谷姫は覚寿の娘で加茂堤から出奔した後、姉の立田の計らいでここにかくまわれています。自分の浅慮がもとで養父の左遷を招いたことを後悔し、ひと目合って謝りたいと思っています。しかし母の覚寿は杖を振り上げて折檻します。留めようとする立田に、杖の折れるまで叩かなければ申し訳ないと二人の娘を泣きながらたたきます。そこへ奥の間から折檻を辞めるように、そして刈谷姫に会おうと言う管の声が。覚寿が障子を開けるとそこには管承相の木像が・・・。この木像は覚寿の懇願を受けた管が三度も作り直して漸く彫りあげた像。それゆえ魂がこめられ声を発すると考えた覚寿は刈谷姫に木像を父と思って別れを告げるように促します。

そこへ立田の前夫、太郎とその父兵衛がやってきますが実は藤原時平の命で管を殺すため。警護の役人が来る前に偽の迎えをしたてて管を連れ去ろうと画策して一番鶏よりも早く鳴く宵啼き鶏を用意している。そのたくらみを知った立田を殺して池に沈めます。鶏は水中の死体の上で啼くという習性があるそうで箱の上に鶏を置いて池に浮かべると大きな声で鳴きます。朝が来たと思い込む館の住人達に偽の迎えをしたてて管承相を輿にのせて出立します。涙ながらに見送った覚寿は立田の姿が見えないので探させます。家来が池から立田の死体を発見。前夫、太郎は家来の仕業に見せかけようとするが覚寿は死体の口が前夫の着物の端を咥えているのを発見。家来を成敗するふりをして太郎を殺します。

やがて本物の迎えである判官が到着。覚寿は驚いて偽の迎えにより管承相は出立したと言う。偽の迎えを追いかけようとしたところへなんと管が奥から姿を現します。そこへ先ほどの偽の迎えが慌てふためいて到着。なんと輿の中に居たのは木像だと言う。ところが輿の戸を開けると座っているのは管本人。この騒動に兵衛が屋敷を探すと息子の死体が・・・。すべてが露見したのを悟った兵衛が覚儒を殺そうとするが判官によって捕えられます。騒ぎは一段落。改めて輿の中を見るとそこには管承相の木像が。

いよいよ出立の時がきて刈谷姫との別れを惜しみながら大宰府へ赴きます。この道明寺の一幕は管承相の魂が乗り移った木像。池に沈んだ死体とその上で啼く鶏。娘の仇を討つ覚寿など見せ場が沢山あります。管承相の役者は本人と木像の演じ分けをしないといけません。(実は人間の時と木像の時とで衣裳が違っています)偽の迎えの輿に乗る時のぎこちない動きはまさに木彫りの人形。また覚寿は「三婆)と呼ばれる老女の大役だそうです。秀太郎の覚寿は品があってしかも艶っぽく、母の気丈さと愛情の深さをよく出していました。

ここで昼の部は終演。通しで見る方も多いのか、外にでなくともチケットを提示すればロビーで待てますとのアナウンスが。私はいったん出て友人と待ち合わせ。通常より上演時間が長いので間の時間が短いから大道具や清掃のスタッフは忙しいでしょうね。


Photo_5 ワクワクしながら後半。今度の席は花道ので入りの近く。シャッという音で幕が開いて役者の登場が見れます。興奮も高まりますね。夜の部第一幕は「車引き・くるまひき」。三つ子と時平の出会いの場。

吉田神社の近くでばったり行き会ったのは管承相の舎人だった梅王丸(片岡愛之助)と斎世親王の舎人だった桜丸(尾上菊之助)。桜丸は親王の逢引の手伝いをしたことが管の流罪の原因になったことを悩み、切腹を考えている。また梅王丸はこの騒動で行方知れずになっている管の御台所の行方を捜しに大宰府まで赴きたいと考えている。父の喜寿の祝いが近づいているのでそれを祝してからでないと何事もできないと悩みを吐露。2人の見得が見せ場です。梅王丸は勇ましく。桜丸の見得は柔らかく美しい。

藤原時平の行列が通りかかり、ともに主人の恨みを晴らすべく襲いかかります。そこへ現れたのが松王丸(市川染五郎)。ここで三つ子が全員そろいます。兄弟が争う仲、牛車の中から現れたのが藤原時平。その威嚇するすさまじい姿に身体がすくむ梅と桜。その様子を見た松が二人を成敗しようとすると時平が神聖な境内を血で汚すのは畏れ多い。松王丸に免じて無礼を許すと豪語します。時平は「公家荒れ」という怪異な風貌で、三つ子でなくてもその顔を見たらすくみます。おまけに舌を出したら口の中は真っ赤。ダシャアヴァターラのナラシンハを思い出します。先日見た黒主もこの公家荒れでした。普段優雅な公家は怒らせると怖い?牛車に乗った時平とその前に立つ三つ子の姿はいかにも歌舞伎です。

Photo_6 次の幕は三つ子の父白太夫の「賀の祝・がのいわい」。三兄弟の嫁二人が祝いの準備をしているところに松王丸と梅王丸が現れ、喧嘩になります。争っているうちに庭に植えてあった三兄弟を象徴する梅松桜の木の中の桜の枝が折れてしまいます。桜丸の嫁と神社に詣でていた父が帰宅して喧嘩は一段落。

松王丸は管と敵対する時平についているため勘当を願い叶います。梅王丸は管の後を追って大宰府へ行きたいと願いますがかないません。桜丸だけ現れないと思っていたら暖簾を分けて奥から登場。その姿を見た父は三方に刀を載せて差し出します。子供たちのそれぞれの心を理解し松王丸は勘当。桜丸には切腹を促し、梅王丸には自分が大宰府に赴きj管の世話をするから行方知れずの管の妻子を探せと言い含める父の切ない心情がこの幕の見せ場。


Photo_7 ここで私達も幕の内弁当。早春の香りがするお弁当を頂きながら今見た芝居の感想を熱く語ります。


Photo_8デザートは甘王、栃乙女、白イチゴの三種。三兄弟を象徴するような「いちご」の組み合わせはさすが友人のセレクト。しっかり腹ごしらえをした後は大詰めの「寺子屋・てらこや」。

管の子供秀才をかくまっている武部源蔵の寺子屋。源蔵が留守をいいことに悪ふざけをしている子供たちの中でひとり、秀才の気品漂う姿が目につきます。そこへ息子、小太郎を寺入りさせるためあいさつに来た女性。隣村に用があるのでちょっと行って来ますと小太郎を残して何やら名残惜しげに去っていきます。入れ違いに帰宅した源蔵(この幕では松禄が演じる)は秀才の首を差し出せと時平の家臣春藤玄刃蕃に命令されて苦渋の様。誰かを身代りにしようと思っているのですが、いずれも山賀育ち、とがっかり。ところが先ほど寺入りした小太郎の品のいい顔を見てこの子を身代りにと決意します。

やがて玄蕃が秀才の顔を知っている松王丸(染五郎)を伴って登場。寺子屋に子供を預けている父親たちが秀才と間違えられては困ると子供を引き取りに。子供たちの顔を検分し終わった2人は秀才の首を差し出せと源蔵に迫ります。

覚悟を決めた源蔵が奥へ入っていき桶を抱えて登場。その首桶を眺める松王丸。息をひそめて待つ源蔵と戸浪。首を検分した松王丸は「秀才の首に相違ない」と言い、かねてより時平へ申し出ていた病気療養のため暇を取ると言って去っていきます。

首を抱えた玄蕃が去った後に小太郎の母千代(孝太郎)が戻ってきます。小太郎は奥で子供たちと仲良く遊んでいると嘘をついた源蔵は千代を殺そうと切りつけますが、千代は小太郎の文庫でその刀を受け止めます。そして小太郎の首は役に立ったかと尋ね、文庫の中から経帷子と「南無阿弥陀仏」と記された幟を出します。そこへ投げ込まれたのが松の枝。ここで私は「加茂堤」の八重が牛を動かすために手折った梅の枝。「賀の祝」で折れた桜の枝。を思い出しました。三兄弟を象徴する三本の枝が効果的に使われています。歌舞伎って一見意味がないようで無駄なものがないのですね。

なんと松王丸と千代の子供が小太郎で、二人は覚悟の上で子供を寺入りさせたのでした。松王丸は兄弟の確執の元である藤原時平にいとまごいを願っていたが秀才の首検分を果たすまでは叶わず、妻と相談の上息子を身代りに差し出すことにしたという。わが子が身代りになるのを知りつつ寺入りさせた切なさを語る千代。最後の様子を尋ねる松王丸に、管秀才の身代りになるとわきまえた小太郎がニッコリ笑って潔く首を差し出したと語る源蔵。「そうか笑ったか・・・」と小太郎の健気さを思い、同時に切腹して果てた弟桜丸に対する不憫に涙する夫婦。

押し入れにかくまわれていた管秀才が姿を現すと松王丸が呼子を鳴らして現れたのが秀才の母,御台所。母子の対面を果たす中、白装束に身を固めた松王丸夫婦は息子の野辺送りをします。

今回は小太郎の寺入りシーンから演じられていたし、それ以前の主従の関係も丁寧に描かれていたので単独で見るよりもずーっとよくわかりました。菅原伝授手習鑑。管承相が現れる場面は雅な平安時代。寺子屋はイキイキとした江戸時代の風があって時代考証とかよくわからないけれど面白い話です。さすが歌舞伎三大名作。

般若心経を泰山木の葉の船に乗せて・・・

浦和に住むNさんは昨年の3月11日に「慰霊・復興祈願」の一環で、全国から寄せられた鎮魂の写経を泰山木の葉で作った船に乗せて相馬の海から流しました。多くの人々から寄せられた写経が祈りを込めて流されていく様は悲しくも美しかったと思います。

いつも「心を尽くす」をモットーに様々な活動をなさっているNさん。今年も沢山の写経がNさんのもとに集まりました。どなたに法話をしていただこうかと思案していたNさんに唐招提寺の御長老からお申し出があったそうです。心が通じるってこういうことなんだなとすとんと思いました。私利私欲のない綺麗な心持ちの方達には自然に人が集まるのですね。

3月11日は11時から相馬市の大野台仮設で石田圓唐招提寺長老の法話。14時から長老と多数の僧侶による読経。14時46分に相馬市釜原地区の海岸から太平洋に写経を乗せた木の葉の船を流します。

そして17時からは名取市笠島に愛島笠島仮設煮て竹灯篭点灯式。慰霊復興祈願と可能な限りを尽くして廻られるそうです。4年前のあの日、そしてあの頃の皆で励まし合ってきた心を忘れないように。この祈りの輪を広げていきたいですね。1人1人ができることを少しずつ。私も皆に写経を呼び掛けたいと思います。

Nさんは15日のホームコンサートに来てくださるので是非11日の様子をうかがいたいと思います。

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